夫婦珍道中・笑ってポン!〜歌はセリフにのって〜

  • 2014.08.18 Monday
  • 16:08

 うちのヨメは演歌歌手、島津亜矢さんの後援会に入っています。今年も新歌舞伎座の座長公演があり、千秋楽の日に大勢で見に行ったそうです。
島津亜矢さんは、男性歌手の歌も得意とされているようで、ヨメは 「サブちゃんの『風雪流れ旅』がヨカッタ〜!」と言って「アイヤ〜 アイヤ〜」の部分を歌ってみせてくれました。
それがどうも私には「あ〜嫌やぁ あ〜嫌やぁ!」に聞こえ「何が嫌やねん!」とつっこみをいれたくなります。
 なにか私に話しかけていると思い、よく聞いてみるとセリフをつぶやいているときもあります。

それがだいたい同じセリフで「止めてくださるな妙心殿、落ちぶれ果てても平手は武士じゃ!行かねばならぬ〜 行かねばならぬのじぁ〜!」
「尋ね 尋ねた母親に せがれと呼んでもらえぬような こんなやくざに 誰がしたんでぇ〜!」 それを替え歌のように相手を変え状況を変えてつぶやくのです。なかなかよくできているときもあり、内心笑えます。そのうち縞の合羽に三度笠で、どこかの宴会にでも出るのではないかしらと、少々不安になります。願わくば私の目の届かぬところでやってちょうだい…。「よろしゅう おたの申します〜ぅ…」

 

〜新しい仲間のご紹介〜

  • 2014.06.15 Sunday
  • 15:49

このたび、新しく矢倉大輔さんがコウマスターの一員となりました。現場や打合せ等で、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、改めてご紹介させていただきます。
また、何かとお世話になりますが、皆様末永く、どうぞよろしくご指導くださいますよう、心よりお願い申し上げます。

矢倉さん

 

矢倉 大輔(やぐら だいすけ) 44歳 
B型 吹田市在住
趣味はゴルフ 妻・息子・娘の4人家族
金沢工業大学卒 一級建築施工管理技士
 

 

 

 

「京極社長とは、ゼネコン時代に同じ職場でお世話になりました。お互いに東京におりました頃には、大阪から来た仲間とよく飲みに行きましたね〜。
またご縁があって、こうしてコウマスターでお世話になることになり、創造的で枠にとらわれない経営の考え方にも魅力を感じております。
自分は少々口下手ではありますが、工事に関するご説明はスルスルと、いくらでも出てまいりますのでご安心ください。
これからは、自分の能力を最大限に発揮でき、またそれ以上に発展させることでコウマスターに貢献できたらと考えております。
関係者の皆様をはじめ、お施主様とお会いできる日を楽しみにしております。お気軽にお声をかけてください。そして今後とも、何かとご指導賜りますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。」

〜夫婦とは?!

  • 2014.04.10 Thursday
  • 15:40

 先日義父の3回忌の法要がありました。このニュースレターに何回も登場していた義父でしたが、いつも座っていたソファに義父の存在がないのは本当に寂しいことです。
法要が終わって2週間後には彼岸となり、また親戚が集まり、生前と変わらず、賑やかなひとコマでした。
 その時、叔父が興味深い話をしてくれました。叔父は村の神社の総代を務めており、神事には、かなり気をつかっております。
義父が入院した頃には、神前の大きなお神酒徳利が何かに当たって割れ、代わりにあつらえた徳利もちょっと当たって割れました。これは何かあるなと思ううちに義父が逝ったといいます。
このお神酒徳利は「御神酒を神前に供える時は、常に一対の徳利で」ということから転じて、今でいう「二個いち」みたいな使われ方や、“いつも一緒にいる仲のよい二人”のといった意味合いがあるそうです。幕末の長州藩、井上馨と伊藤博文が「お神酒徳利の仲」と言われたことは有名です。
 そう言われてみれば、義父と義母も「夫婦二個いち」だったのです。生前は腹の立つことも多かったのでしょうが、相方を失う寂しさは特別なのでしょう。その心をわかってあげなければいけないと人にも言われます。三世代が暮した田舎の家に、外から来た嫁である義母がひとり残り、今は屋敷の維持が自分の仕事と思う毎日です。
ヨメによると、義母は彼岸の前に風邪をひき、おみやげの饅頭に手もださず、「食欲がないから胃ガンかもしれない」と言い出したそうですが、次の日に皆が集まると大笑いで

食事を楽しんでおりました。ヨメが「病気が治ってよかったね〜!」というと「そんなこと言ったっけ?」と本当に忘れたような返事で、ケロッとしていました。もちろんそれで皆が安心した次第です。
また皆で温泉でも行きましょうね、お義母さん。

 

〜アゴラ音楽クラブコンサート〜

  • 2014.02.20 Thursday
  • 15:31
アゴラ3

アゴラ2アゴラ1

 2月15日、雪の積もった土曜日、奈良市学園前ホールで知的障害をもった方々によるアゴラ音楽クラブのコンサートに行ってきました。(コウマスターも賛助会員にさせていただいております)当日は、雪の影響で高速道路が通行止めになっており、ヨメと二人、迂回しながらやっと会場にたどり着きました。 アゴラ音楽クラブでは、和太鼓やマリンバ、ピアノなどを通して心身の発達を促し、個人の個性を引き出す活動をされています。
 皆さんとても上手に難しい曲を演奏され、どれほど努力をされたのかが伺われます。
また、指導されている先生方の熱意なくして、これほどのコンサートは開催できないとも思いました。
皆さん一人一人は思い思いに動かれますが、いざ演奏となると生き生きと、ただ一生懸命打ち込んでおられます。
私たちのような、ああだこうだの思惑をひとつも感じません。それは、やはり純粋なこころの現れなのでしょう。
「ありがとうの花」という歌を全員で歌われましたが、まっすぐな皆さんのこころに、不覚にも涙がでてまいりました。
帰り道、ヨメには「アナタ、また泣いてたんですかぁ?また来年も一緒に行きましょねぇ」となぐさめられ、苦労して行った甲斐のあるコンサートでした。こういう時間がぜいたくなひとときというのだともわかりました。皆さん、ありがとう!

「結縁灌頂体験記」の巻

  • 2014.01.18 Saturday
  • 14:59

夫婦珍道中〜結縁灌頂体験記〜
文殊菩薩様お不動様

 

1月12日、四国八十八ヶ所第6番安楽寺様で結縁灌頂を受けにいかせていただきました。
 この儀式は仏様の世界を表す曼荼羅(まんだら)に向かって華を投ずることにより、仏様と縁を結ばせていただき(これが《結縁》の意味)、阿闍梨様から大日如来の智慧の水を頭の頂より注いでいただくことによって(これが《潅頂》のこと)わたくしたちの心の中に本来そなわっていらっしゃる仏の心と智慧を導き開く儀式です。
 この儀式を行うお寺は、高野山本山など限られています。安楽寺様では暗がりの中、とても神秘的な雰囲気で儀式を受けただきましたいただきました。手で普賢菩薩様の印を結び、その先に菊の花を挟んでいただきます。目隠しをして曼荼羅上に投下した菊の花が示した仏様がその人の守り仏となります。わたしは文殊菩薩様に、ヨメはお不動様にご縁をいただきました。わたしは今年一年、よく学べということで、ヨメは何事も修行と心得て過ごせというお導きでした。
 このお不動様のイラストも、背後の火炎といい、手に持った剣もしゃもじのようで、どこかヨメに似ていますなぁ。文殊菩薩様はかわいらしい上品なやつを載せておこうう選びで、ひとり笑ってしまいました。
さて、このニュースレターをヨメが目にした日には夕飯抜きになるかしらと不安ではありますが、そこはあなた、修行であるから何事も腹を立てぬようにとお不動様の思し召し・・・と言い訳も万端用意できておりますし、早速これは文殊様のお知恵とお不動様のご加護の現れかと妙に納得した次第であります。             つづく・・・

四国八八ヶ所参拝の旅

  • 2013.11.11 Monday
  • 20:49

 先日、2回目の四国八十八ヶ所参拝へ行ってまいりました。私の両親とヨメと義母でにぎやかな参拝となりました。今回は14番から23番までと、別格鯖大師様へ行かせていただきました。
 足の悪い私の母を連れて大丈夫かと心配しておりましたが、階段のあるお寺は登らずに下で待っていましたし、お連れの皆様も優しく手をとってくださいますので、なんとか参拝することができて、ありがたかったです。 
いつもヨメが二人の母の手を引いて歩きます。義母は甘えて手を引かれてはいますが、本来は早足で健脚です。しかし私の母は足が痛くてゆっくりの歩みです。ヨメは二人の手を引いて右往左往し、目を離せば義母は勝手に階段を登っていきますし、私の母は登らずにその場にいると言い出します。父は、というと、参拝を楽しんでいるのか自由行動です。私もそのへんの性格は父と似ているのです。
 さすがに困ったヨメが「親の手くらい引いてあげたら?」といいますが、それがなかなかできません。困った方があればお世話させていただこう、荷物ぐらい持たせていただこうとは思っていた自分ですが、「お母さんも、いなくなったら手もにぎれなくなるよ〜。人様のお世話より、まず自分の親やないですか!」とヨメがささやきます。ヨメの言うのが本筋です。
う〜ん・・・。頭ではわかっていても母の手を握るのは小学校以来・・・などと思うだけで、情けなや〜、結局実行できずに終わってしまいました。
満願するのには4年かかりますが、4年後には自然に手を引いてやれるような心の広い息子になりたいと願っております。また、このように今はできなくとも、できるようになりたいという心を持つことが一番大事なことだと思うようにもなりました。こういうささやかな積み重ねが四国の修行の道なのですね。

 

淡路島参拝記

  • 2013.09.25 Wednesday
  • 15:21

 

〜泣き笑い母子道中〜

淡路島


先日、ヨメと義母が淡路島へ行ってきました。
毎年、伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)と東山寺様という尼寺へお参りさせていただいております。
義母は今年も淡路島へ行くと言っておきながら、出発近くになると足が痛いとかしんどいとか行けそうにないと言い出します。かといって本当にキャンセルするわけでもないのですが、自分の娘にはそう言ってみたいのかもしれません。
 いつものように団体で行くのですが、娘に手をつないでもらい、他の方から「よろしいなぁ〜」と言われるとさすがにうれしいのか、何かと甘えてきます。
宴会で母子で森昌子さんの「おかあさん」という古い歌を歌っては舞台で泣き、他の方にも手を引いていただいて優しくしてもらったと言っては泣きます。
しっかりした母でしたが、父が亡くなってからは少し気弱になってきました。気楽になった反面、やはり寂しいのでしょう。以前、涙ぐむ義母を気遣い、私の母がそっと背中をなぜてくれたとヨメは感謝しておりました。
 生きている間は気に障ることばかりで、相手に腹を立てていますが、いざ亡くなってみると、どんな夫であれ気が抜けると皆さんおっしゃいます。世間一般のご夫婦は皆さんそうなのかもしれません。他人や家族でさえもわからない夫婦のきずなのようなものがあるのでしょう。年老いてしまえば、結局夫婦だけになるのです。
 この義母の姿を見て、義父が残していってくれたものがわかりました。「夫婦仲良く」という教えです。ありがとうお義父さん。

 

インテリアコーディネーター奮戦記

  • 2013.08.31 Saturday
  • 14:59
喫茶千珠
喫茶千珠


今月号に掲載させていただきました喫茶「千珠」様のコーディネートは、ヨメが担当しました。元々わたしがサラリーマン時代にコーディネーターとして入社してきたわけです。
今思えば、当時は今のような貫録もなく、お茶のようにビールを飲むわけでもなく、一食抜いたからとひもじがるわけでもなく、まるで綾小路きみまろの心境になりますのでこのへんにしておきますが、そういうと「誰のせいでこうなったと思てんねん!」と返ってきますので、「え〜っ!それってオレのせい〜!?」という言葉を飲み込みコーディネートを頼むわけです。最近ではパソコン教室よりもわたしの仕事がほとんどになってしまいました。
 銀行員時代にインテリアコーディネーターの学校に通うので、銀行辞めますと言ったら銀行の支店長に鼻で笑われたらしく(そういう時代です)くそっ!と思ったようです。
けれども、そもそものきっかけは、インテリアコーディネーターという言葉もない時代にテレビで三田佳子さんがその役をやっておられたようで、カッコよく見えたのでしょうなぁ。大阪にできたコーディネーターの学校の第1期生で2年通って就職したそうです。その後は注文住宅のコーディネートを担当し、現場を回って施主にプレゼンをし、上棟式ではいつも協力業者の大工さんと青天で酒を飲んで結構楽しく仕事をしていたと言います。(バブルの大変良い時代でした)
 なのになんでパソコンなのかはわかりませんが、今ではコウマスターの大切な戦力となっています。考えてみれば、パソコンがなければ会社は成り立っていきませんし、うまい具合にヨメが習得してくれたものだと胸をなでおろしています。
なんとかその努力に報いたいと思っておりますが、まだまだこれからですので、よろしくお願いしますよ。
また衣装が合わなくなったら買い替えの交渉には応じる予定はありますが、今くらいがちょうどですよ。(‘◇’)ゞ

四国八十八ヶ所巡礼

  • 2013.07.30 Tuesday
  • 15:50

先日、初めて四国八十八ヶ所の参拝に参加いたしました。
1番から13番までを2日をかけてていねいにお参りしました。
ヨメは年2回、15年間参拝しておりますが、今回は義母も参加し、お連れの皆様と楽しく過ごさせていただきました。
 3才の子供さんから85歳のおばあちゃままで、総勢104名もおられましたが、皆が仲良く助け合って参拝されているのに大変感銘を受けました。
 杖をついていらっしゃる方が階段を上られるときは、若い誰かが自然と手助けをされます。きれいに整列をして一生懸命にお経を唱えます。皆ができる範囲で役割を持ち、気持ちよく、段取りよくお参りできるように動きます。子供さんも10人ほどおりました。中には3歳から参加しておられるお子さんもあり、般若心経もすらすら唱えます。子供さんの手を合わせる姿はなんとも言えずほほえましく、素直な様子がうかがえます。
 夜は大宴会で大変盛り上がりました。最後には、子供さんに、よく歩いてがんばりましたとプレゼントを渡しておられました。中には障害を持ったお子さんもいらっしゃいますが、そのお子さんがプレゼントをいただいたあと、きちんと正座をして「ありがとうございます」とごあいさつをします。そして「お参りができてうれしい」と言ってぽろぽろと涙をこぼすのです。そのこころを仏様、弘法大師様は見ておられるのでしょう。
 思想や宗教にかかわりなく、様々な方々が参加しておられましたが、大事なことはただひとつ“こころ”というものであるのだなと子供さんから教わりました。
してやっているではなく、させていただくのこころで自然と誰かの役に立ち、誰かに助けていただいてこの世の中が成り立っているのだなということもよくわかりました。次回は11月に行ってまいります。
皆様からのお便り、ご感想もお寄せくださいましたら励みになります。よろしくお願い申し上げます。
        

 

夢の話の巻

  • 2013.06.09 Sunday
  • 14:47

先日、ヨメの母からおもしろい話を聞きました。
夢の中に昨年亡くなった義父がでてきたというのです。笑っていたのかどうかはわかりませんが、歯は見えたそうなので、笑っていたということにしておきます。

「あれまぁ!」と言うとなぜか義母が義父をおんぶをしているそうで「重たいがな〜!」と言って目が覚めたと言うのです。
なんのこっちゃ?と義母は不思議がります。今週末にはヨメとわたしと義母とが四国八十八ヶ所参りに行くので、義父も連れてけ〜!ということではないかとヨメは言います。
このところの家族旅行にも宴会にも参加できず、いつか一緒に行こうとチャンスを狙ってたんやわ、旅費はタダやし!
そらオマエ、どないして旅費、もらうねん!そやけど、義母は重くはないか?と真面目に考えては吹き出してしまいます。義父が一緒なら、それはそれで楽しい旅です。言葉はなくとも、皆の心の中にはいつも義父がおります。この四国の旅では義母は義父の写真を胸に供養の旅ですし、わたしも初めて参加させていただく修行の道です。
おへんろさんは、年をとってからと考えがちですが、坂道に階段に長い道のりを歩かねばなりません。若いうちから始めておかないと、だんだんつらくなるよと年配の方に教えていただきました。お作法にならってきちんと参拝し、

お経をお勤めし、修行として行かせていただきます。
何度参拝しても、また行きたくなるのが四国のおへんろさんだと聞いたことがあります。


そのような魅力がおへんろさんにあるのでしょう。わたしもその魅力を探るべく、満願するまで参拝したいと思っております。そしてその報告記も書いてまいりますので、その時は、ぜひご一読ください。
では、行ってまいります。

 

 
 

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