世界遺産《東寺》参拝記

  • 2010.07.17 Saturday
  • 10:56
東寺



東寺(教王護国寺)は平安京が遷都されてすぐの廷暦15年(796)平安京の入口にあたる羅城門の東側に造営された官寺(国営の寺)です。羅城門をはさんで西には対称に西寺が造営されました。

 

寺域は東寺だけで、東西約250m、南北約510mといいますから、西寺もあわせるとそれは荘厳な平安京の佇まいであったと思われます。

 

さて、東寺にまつわる伝説のひとつをご紹介します。
東寺はご存じ、空海の弘法さん、西寺は守敏大師という高僧が受け持ちました。時は天長元年(824年)の夏頃、長い日照りで雨が降りません。農民は大弱り。毎日雨乞いが続けられました。天皇は民の苦しみを案じ、法力の高い空海と守敏に降雨の祈祷を申しつけました。

まず最初に祈祷したのは守敏。でも、法力は天に通じないのか雨は降らずに十七日間。雨のかわりに降ったのは、守敏のひたいの汗だけでした。いよいよ今度は空海さんの登場。もし降れば守敏の面目は丸つぶれ。守敏は卑怯にも、雨の源(龍神)を封じ込める祈祷ををして対抗した。しかし空海少しも騒がず、龍神解放の祈祷をすると、龍神は天に登り、天にわかに曇り恵みの雨が降り、農民は大喜び。喜ばないのは、空海に面目をつぶされた守敏です。

「空海のヤツめ、よくも恥じをかかせおったな。このウラミ、いかに、はらさでおくものか」

なんと、高僧知識の身でありながら、弓をとって空海を狙う始末。機をうかがい羅城門の近くを通る空海に後ろから矢を放った・・・!

空海に矢が当たったかと思われた時、どこからともなく一人の僧が現れて、その僧の肩に矢がブッツリ。!!

空海、何も知らず通り過ぎます。 この身代わりに立ったのは、 実は僧でなく地蔵尊。お地蔵さまの肩に当たりました。 人々はこの地蔵尊を、堂を作り安置。庶民の災難を救ってくれた空海を守ってくれたお地蔵尊様として現在に至ります。

それが矢取地蔵尊。香華絶えず、今でも右肩に矢傷のあとが残っているということです。

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